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「やっぱり外が一番。」
しばらく閉じられた空間にいたせいか髪を遊ばせ去っていく風がいつもよりも心地よく感じられる。うーん、と伸びをしながら抜けるような青い空を見上げれば心も晴れやかだ。そのまま歩いていると何かにぶつかった。上ばかり見ていてぶつからない方が不思議である。
「いたっ。フォルスト〜、急に止まんないでよ。」
ぶつかった背中の主、フォルストロイに抗議の声を上げるウィシュリアであったが、そんな理不尽な訴えが聞こえてないのかフォルストロイは微動だにしない。まるで石像のよう。自分より背が高いものだから何が起こってるのか分からないと肩越しに前を見たウィシュリアの目には一人の男が映った。
好き放題に跳ね返る腰まで届く黒みがかった紅い長い髪を頭の後ろで一つに括り、靡かせている長身の男。全身黒い服を纏いにこやかに笑って立っている。そしてフォルストロイに一言投げかける。
「よっ、ひっさしぶり〜。」
そう言った瞬間一陣の風が舞い起こった。
「…何でこの瞬間で現れるんですかぁ?」
フォルストロイは笑顔のまま男に剣を突き付ける。
顔は笑っているが目は笑っていない。彼は、殺る気だ。
フォルストロイのあまりの変貌ぶりにウィシュリアたちは唖然としている。彼は割りと性質が穏やかなので怒ったりすることはまず、ない。
「えー?逢いたかったからじゃ、ダメ?」
「可愛く言っても、キモイだけですよぉ?」
「お前もその馬鹿丁寧な口調止めたらー?」
「誰のせいだと?」
「さぁ?」
「…さよなら、兄上。出でよ。常世の闇!!」
「お前さぁカルシウム足りないんじゃね?」
フォルストロイの出したブラックホールを易々とかわし、飄々とそうのたまい背後に立つ。
それを見たウィシュリアは剣を抜こうと腰に手をかけたが、フォルストロイがそれを制止する。
「貴方はいつもそうですね。」
「分かってんなら言うなよ。」
いつの間にか二人とも殺気を消し、何やら友好的なムード。どうやら昔からの知り合いのようだ。
「ねえねえ、フォルスト。その人お兄さん?」
兄上、と言っていたからそうなのだろうとウィシュリアは思い声をかける。聞かれたフォルストロイの方はと言えば、違う違う、と否定した。
「お前の兄さんだよ、リア。」
「…うっそ。」
「俺が兄上って言ってたのは小さい頃の名残り。本当の兄貴じゃないんだよ。俺は一人っ子だから。」
「逢いたかったぜ、我が妹よー!」
この男、どこまでもノリがいいことである。
状況についていけてないウィシュリアは目が点というか何が何やらと言った様子。
「あのさ、とりあえずボクんち行こうよ。」
見かねたミディートが口を挟みとりあえずはマリアのもとへ行くことになった。
「えっととりあえず自己紹介な。俺はヴィシュリアスよろしく!」
ヴィシュリアスのテンションはウィシュリアに逢えた喜びによりマックスを迎えている。一言で言うとウザい。
「何どさくさに紛れてリアの隣に陣取ろうとしてるんですか。」
「さも当然のような顔して隣に座ってるお前に言われたくないね。」
「リアはまだ動揺してるんですから、貴方が自重してください。」
「感動の再会くらいさせろ。この堅物。」
「貴方のウザさに比べたら百倍マシですよ。」
場の雰囲気、最悪。
「ディート、私穏やかな方なんだけど、流石に姫を召喚したい気分だわ。」
「アーク、同感だけど家の中で殺らないで。外だったらいいから。」
呆然としたままのウィシュリアを挟んでの醜い争いを遠くから眺めているルアークとミディートは冷静に危険な発言をし始めた。
家に着いてからずっとあの調子では仕方のないことかもしれない。
ちなみにルアークの言う「姫」とはアクエリアスのことである。
突然すぎて何の感情も浮かばないウィシュリア。
ただ呆然と事の成り行きを見ている。
と思われたが、囁くような音量で言葉を発した。
「昔、『俺の宝物』って、守ってくれるって、言ってくれたのは、あなた…?」
「…そうだよ。」
―覚えてたのか……。
もう忘れているだろうと思っていた彼女が幼いころに言った自分の言葉。
まさか覚えていてくれるとは思っていなかった。
「…約束、覚えてくれてたんだね…。」
「…それだけが俺のすべて、だったから。」
妹を何があっても守るという子どもの頃の約束。
たとえ傍にいることが出来なくても、違えないと誓った想い。
ウィシュリアはまるで夢でも見ているかのようにぼうっとした表情で言葉を紡いでいる。意識の底に沈めていた記憶をなぞっているのだろうか。
ヴィシュリアスはそれまでふざけたような態度を完全に引っ込めて真剣そのもので淡々とウィシュリアの問いに答えを返している。
二人が兄妹として過ごした時間は二人の人生に比べたらほんの少しの時間。
それでも、微かに残る記憶の欠片を拾い集めるかのようにウィシュリアは追憶に身を任せる。
忘れたままでいていいなんてことないって思ってるから。
仲間は二人のやり取りを静かに見守っていた。これは必要なプロセスなのだと言わずとも感じるから。
「…忘れててごめんね。約束守ってくれてありがとう、お兄ちゃん…。」
「そう、呼んでくれるのか…?」
「私のお兄ちゃんはあなただけだよ。」
「……こんなに、血に塗れたの、に?」
「必要だったんだよね?」
「…ああ。」
「過去は消えないけど、これからがあるよ。」
「そうだな。」
ウィシュリアにとっては突然現れた異邦人のような存在であるのに、彼女は空白の時間や戸惑いを感じさせない雰囲気を纏い、まるでよく見知った人物に話しかけているかのよう。
記憶に無くとも自分の中の何処かに色濃く存在を刻みつけていたヴィシュリアスにやっと会えたね、という思いを込めて、お帰りと伝えたくて。
これからは此処に居てくれるの?と聞けば当たり前だろ、と返ってくる声。
時間の流れなどなかったかのよう。
「順応高いよね、リア。」
「まぁ、ちっちぇ頃はべったりだったし。」
「いいじゃないの。仲が良くて羨ましいわ。私一人っ子だもの。」
「アーク、リア以外みんな一人っ子だから…。」
「あら?そうだったの。」
「呑気だなー。」
なんかほのぼのし始めた兄妹を見ながら三人は思い思いの感想やなにやらを好き勝手に言っている。
なんかもう勝手にしてって感じかもしれない。
「お兄ちゃんってさ今まで何してたの?」
「密偵。」
「どこで?」
「ナイショ。」
「何それー。」
「むくれないむくれない。」
笑顔できっぱりと言われてしまったから頬を膨らまして抗議したら小さい子をあやすみたいに頭を撫でられてしまった。
最初は子ども扱いして、なんて思ったけどポスポスと撫でられる内になんだか懐かしいって思って止めろと言えなくなってしまった。
多分小さい頃もこの人はこうやってくれてたんだろう。
「リア?」
急に黙って為すがままになってしまった妹に声を掛ける。
顔を覗き込めばなんだか嬉しそう。さっきまで怒っていたというのに女の子って不思議な生き物だ。
「なーんでもない。」
こちらを見上げてニコリと笑う。
久しぶりに見た笑い顔は小さい頃と変わらない。いつでも空に輝く太陽みたいで。
「二人ともちょっといいか?」
おずおずと二人にフォルストロイが声を掛けた。その声に二人して同時に反応し振り返る。あまりにシンクロした動きだったのでルアークがクスクスと笑っている。
「どうかしたの?」
「うん、次はどこを目指そうかって言ってるんだけどさ。」
「あー、それなんだけど。アーク、君のお父さんは族長、で合ってるかな?」
「ええ、その通りよ。」
ヴィシュリアスは部屋をぐるりと見回してルアークを見つけるとそう話しかけた。突然のことにも関わらずルアークは平然と答える。
族長、が何を指すかよく分かっていない他の三人は何の話をしているのかという顔をしている。
「じゃ、次はそこな。」
一人で勝手に納得して勝手に目的地を定めてしまった。
これではさすがに黙ってはいない。特にウィシュリアが。
「勝手に納得するなー!」
「いたっ!!リア、お兄ちゃんに何すんのっ!?」
兄の頭に妹の拳が叩きこまれてしまった。その前にいい歳した大人が自分で自分のことをお兄ちゃんだなんて言わないでほしい。フォルストロイはひそかにあまりの気持ち悪さに鳥肌を立てた。
ミディートなんかもう軽蔑の眼差しでヴィシュリアスを見つめてるし。
「痛いんならさっさと吐く!それとも、もう一発…。」
「言うから!言うからもう止めてください。」
さすがグロリアス仕込みは伊達ではない。活発な女の子を通り越してしまった妹に兄は謝るしかなくなっている。
「リア、私が精霊使いだということは知ってるわよね。」
「うん。会った時にそう言ってたよね。」
「そう。精霊使いっていうのはね一族なの。簡単に言えばみんな親戚みたいなもの。精霊使いの里というのがあってそこに暮らしているの。私みたいに旅に出ている者もいるけれどね。」
「へぇ。じゃあ、アークのお父さんがその一族の長ってことでいい訳?」
「そうよ。理解が早くて助かるわ。」
「すごーい。アークって長の娘なんだぁ。」
「父は父。私は私、よ。」
自分だって王女だというのに目をキラキラさせてルアークを見ているウィシュリア。それに対してルアークはとても冷静。
何だかんだでここにいる人間はすべて親が特殊なのだから。
「じゃその里が目的地、そう言いたいんですね、兄上。」
「そう。そこが次の『鍵』だ。」
静かな声音でそう告げたヴィシュリアス。
彼はどこか上の空だった。意識が出かけてしまっているような感じで。
(ヴィシュ、貴方この子は何なのよ!)
(零の王の部下ですよ。俺の元同僚。)
(元、ね。リアたちとは合流出来たのね。)
(ええ、さっき。リアの記憶も戻りました。俺のこと覚えててくれて本当に可愛いんですから〜。)
(はいはい。で、どうしろっていうの?まさか弟子にしろとでも?)
(どうたらいいと思います?とりあえず送ったんで。)
(少しは後先を考えなさい。そうねぇ、この子どういう子なの?)
(頑固っていうのかなぁ。盲心的とでも言うか。あ、ウザいってのは確実です。王と自分の兄貴しか信用してません。俺のことも疑ってたし。)
(ウザい、ねぇ。それとなく使い魔でもつけて動向を探ろうかしら。)
(それでいいんじゃないっすか。王は気付いても何も言いませんし。)
「お兄ちゃん?」
いつまでもぼんやりとした目つきでいるからウィシュリアが心配して来てしまった。この連絡網は俺と師匠だけのものだからそろそろヤバいかな。
(リアが来たのね。じゃあまたね。)
回線が切れた。
勢いでフヴェリアーナを送ってしまったからどうなるかと思っていたが、話の早い人で助かった。これでそのことについては考えなくてもいい。
「うん?どうした?」
「なんかぼんやりしてるから具合でも悪いのかなって。」
「優しい子だなぁ!!お兄ちゃん大感激!」
「ホンットウザいんで止めてください。」
顔中どころか身体中からウザいんですけどオーラを出してフォルストロイが言った。そんなことで気にする程ヴィシュリアスの精神は脆くないので関係なかったが。ウィシュリアは別に兄の奇行に対して特に思うことはないらしい。
俺らはすんなりいったけど、あいつらはどうなったかな。ま、なるようにしかならないか。